認知症患者の安楽死と介護殺人

2017年6月 山崎 學

 今回は,サンピエール病院の朝礼で鶴田聡医師が話した内容が興味深かったので,同君の許可をもらい,以下に掲載する。

 TVドラマ「渡る世間は鬼ばかり」の脚本家,橋田壽賀子さん(91歳)が昨年暮れ,雑誌に「私は安楽死で逝きたい」というエッセイを寄稿しました。その中身は,「もし自分が認知症になったら,皆に迷惑をかけるようになる前に殺してほしい。スイスに行くことも考えているが,日本でも安楽死を合法化するべき」といった内容でした。高齢化率世界No.1の日本で2014年に460万人,2025年には700万人を超えると言われている認知症患者の終末期はどうあるべきなのでしょうか。家族はどう対応するのでしょうか。医療はどこまで介入するのでしょうか。いや,介入しないのでしょうか?
 世界的に安楽死合法国は増えていますが,正式に認知症患者の安楽死を認めているのはオランダぐらいです。そのオランダでは昨年,重度の認知症でも事前に書面で意思確認がとれていれば,安楽死が許可されるようになりました。その場合,安楽死実行の時期は医師が判断し,その時に本人の承諾はいらないようです。だから橋田さんは,オランダ国籍があれば希望が叶えられるようです。そのオランダで今年1月,施設入所7週後の80歳女性の認知症患者さんに対し,抵抗する患者を家族に抑えさせて,強制的に注射して安楽死させたケースが事例化しましたが,安楽死協会では「医師に過失はない」としました。オランダでは主治医の反対で安楽死できない人のために,往診で安楽死させてくれるクリニックがあります。そのクリニックの院長は「75歳以上の人は病気の有無,苦痛の有無にかかわらず安楽死を合法化するべきだ」と豪語しているといいます。
 橋田さんの話に出てきたスイスには「自殺ツーリズム」を企画している団体があって,自殺を希望する人は外国人でも,その団体に頼めば70万円くらいの費用で自殺に必要な薬と場所を提供してくれるということです。
 次に,認知症患者の介護者の自殺ほう助の話をしたいと思います。日本に介護保険ができて17年経ちましたが,「介護殺人」「介護心中」は年に40数件,介護疲れによる自殺は年間160人に上り,介護地獄は改善されていません。福祉の専門家は「日本は介護する人へのサポートが足りない。イギリスの介護者支援法を学ぶべきだ」と言うのですが,患者中心,介護者支援を国家戦略とするイギリスでも,スイスの「自殺ツーリズム」に行く人は年間100人を超えていて,また年間十数人の介護者による自殺ほう助・殺人が発生するなか,2010年以降は「近親者が愛と思いやりで行った自殺ほう助は原則起訴しない」ことになりました。
 さらにイギリスでの尊厳死の話をすると,尊厳死については1990年代に法整備され,「自発的に飲水や摂食ができなくなった人に,点滴や胃ろうなどの補助具を使って水分や栄養を補給しない」と定義されています。そこで,「リバプール・ケア・パスウェイ」という,寿命がくる数日前から病院や施設での看とりのための緩和ケアクリニカルパスを用いて人間の尊厳を守りながら苦しまずに死を迎えることができるようにし,病院で死亡する患者の3割に適用させる予定でしたが,実際の医療現場では,このパスが不十分なインフォームド・コンセントの下で劣悪なケア・手抜き治療の隠れ家にされました。実際,患者・家族の意思に反して過鎮静させられ,脱水死させられたといった告発が続出し,2014年にこのパスは使用禁止になりました。
 認知症患者は感情が高まると,「苦しい」「殺してくれ」などと口走ることがあります。ならば殺してしまってよいのか? どうしてそんなに死に急がせるのか? 僕は欧米の病院の入院短縮政策がこれに関係しているのではないかと疑っています。たとえば,イギリスでは高齢者の入院は基本2週間で,それ以上入院させた場合はその自治体に1日約2万円の罰金が科されるようです。そして2週間で快方に向かわない高齢者は安易に終末期とみなされているような気がしています。だいたい,認知症の患者さんが終末期に「苦しむ」とは本当でしょうか。先ほど話した橋田さんは現在,認知症ではありません。それなのに安楽死を希望するのは,認知症への恐怖,つまり予期不安なのではないでしょうか。死にたがっている高齢者に必要なものは,「生き甲斐のある充実した生活」なのではないでしょうか。

 高齢者の心象を含めて,終末期に医療者としてどのように対処すればよいのか。社会保障政策論を煮詰める時が来ていると思う。

このページの先頭へ