EDUCATION 各種研修会

2019年度
日本精神科医学会学術教育研修会報告 看護師部門

10月17日(木)・18日(金)
ホテルニューオータニ佐賀(佐賀)

 令和元年度の日本精神科医学会学術教育研修会看護部門が、令和元年10月17日(木)、18日(金)の両日にわたり、佐賀県のホテルニューオータニ佐賀にて開催された。直前に台風19号が猛威を振るい残念ながら数名の受講予定者が参加できなかったものの、全国から260余名の参加者があった。
開講式では、日精協佐賀県支部長の中川龍治先生が挨拶され、その中で「精神科看護」における技術は人の「根源的なもの」につながるものと捉え、「好きです、精神科看護―精神科看護力をあらゆる場面で活かす!―」のテーマとしたことなどをお話された。  その後、日本精神科医学会学会長の山崎學先生の学会長挨拶があり、台風19号で被害に遭われた方々にお見舞いの言葉を述べられた。
引き続いて講演1として、山崎學会長の講演(座長 日精協佐賀支部 支部長)が行われた。「精神科医療の将来展望」と題し、精神保健福祉行政の歩みや動向、精神科医療の将来像、社会的偏見について、精神科医療の歴史やクラーク勧告後の政策の問題点、精神疾患総患者数の増加と入院患者数の減少、平均在院日数の推移と国際比較(同じ基準で比較した場合、日本とOECDで大きな差はない)、社会保障給付費の急激な増加と財源への懸念などについて詳しく説明された。また、最近よく指摘される精神科での身体拘束に関する誤解について、介護施設での拘束と対比して説明され、最後に医療観察法の根本的な問題点(治療反応性のない患者こそ処遇すべきではないか等)を指摘された。

 ランチョンセミナーでは、「我が子の心の物語―看護師としてではなく、親として―」と題して医療法人翠星会松田病院 松田文雄先生(座長 井上素仁先生 日精協佐賀支部 副支部長)にお話いただいた。総論的なお話の後、ご自身の「人生曲線」に沿ってライフストーリーをお話され、惜しげもなく家族内葛藤の存在やそれをどのように昇華していったのか開示し、「人生曲線は作り変えられる」「過去の物語は変えられる」など非常に貴重なお話を拝聴できた。看護師も子を持つ親として様々な苦悩や不安を抱えているが、松田先生のライフストーリーを伺い、消せない過去があってもそれは将来に続く物語としては変えていける、即ち、将来的な不安もなんとかなるのではないかと、希望が持てるお話であった。

 講演2では岩手医科大学看護学部地域包括ケア講座 末安民生先生(座長 鮫島 隆晃日精協佐賀支部 副支部長)に「学生に伝えたい精神科看護」と題して講演いただいた。事前に用意したレジュメは資料として提供し、講演では“変えられない1日に寄り添い、変わっていく1日に寄り添う”のテーマで編集されたフォトムービーを取り入れて、ご自身が患者から学んだこと体験したことをふんだんに織り込んだお話をされた。「患者さんに1日として同じ日はない」「過去との対話はいつも新しい過去との出会い」「過去に自分に戻れると今の自分と話せる」など示唆に富む言葉を投げかけられ、患者と向き合いながら考えてきたご自身の体験など交えてお話された。

 講演3では、「暮らしを支える精神科看護」と題して、一般社団法人日本看護協会の仲野栄先生(座長 小田部智子先生 神野病院看護部長)にお話いただいた。軽妙な語り口調で最後まで興味深く拝聴させていただいた。「病棟」や「地域」で求められる看護師の能力について、「病棟」では、①観察(患者の不安や苦痛を軽減する)、②予測(治療によって生じる問題や状況を把握する、③管理(現状で起こりうる危険な状況を排除する、ことが求められ、一方で「地域」では、①傾聴(利用者の思い、本音を聴く)、②受容、助言(その思いを受け止め、利用者の自己決定に必要な情報を提供する)とわかりやすくまとめられ、精神科訪問看護の魅力を熱心にお話されたのが印象的であった。

 講演4でが、「精神科看護の魅力」と題して、多摩あおば病院看護部顧問の坂田三允先生(座長 吉浦ひとみ先生 早津江病院看護部長)にお話いただいた。「薬は脳に効くんや、看護は心に効くんやで」と先輩に言われ大事にしている言葉を紹介し、「薬は症状を抑えてくれたり除去したりするであろうが、新しい道を見つけ出してはくれない。患者と共に新たな生活を創り出していくのは私たち。一筋縄ではいかないが、だからこそやりがいもあり、ぴったりの道が見えた時の喜びはとても大きいのです」とまとめられ、看護の魅力を滔々と語られた。

 1日目の研修会終了後、同会場にて懇親会が行われた。地元の食材を使った料理や地酒を堪能しながら歓談が弾み、アトラクションでは「唐津くんち」の映像とともに「唐津曳山囃子」の演奏が披露され、臨場感あふれる演出に会場は大いに盛り上がった。

 第2日目最初の特別講演1は「葛藤を抱えながら病を看るということ~当事者・家族・精神科医の3つの立場を持つ私から伝えたいこと~」のテーマで、やきつべの径診療所 夏苅郁子先生が講演された。先生は、最初に自分の生い立ちや家族のことについて述べられ、母親の統合失調症の発病のことや製薬会社勤務の父親と2人3脚で必死に勉強し医師を目指したことなどを話された。しかし、医学生になった頃から母の影を追うようにリストカット・薬物やアルコール依存・摂食障害に苦しみ、精神科に通院し大量の薬を飲み続け、精神科医になってからも苦しい日々が続いていたが、30代になり初めて自分を変えるような出会いがあり、出会った人々の言葉により「まっとうな」人間になれたと述べられた。まさに「人は、人を浴びて人になる」ということである。こころの病を治すのは薬ではなく言葉であり、「精神科医療における言葉の大切さを認識してほしい」「当事者を医療者と同じように人生を生きる一人の人間として尊重してほしい」と強調された。最後に、平成27年に実施された「精神科担当医の診察態度」を当事者・家族に評価してもらう全国調査の結果について話され、最高の精神科医は、「薬の処方が適切で、人柄が良く、コミュニケーションがうまい医師」だが、最悪の精神科医は、「薬の処方が杜撰で、人柄が良く、コミュニケーションがうまい医師」と言われ、薬物療法を含めた精神医学の生涯にわたる研鑽が重要であると説明され、非常に示唆に富んだ内容の講演であった。
研修会最後となる特別講演2は、佐賀県の誇るエンターテイナー はなわさんのミニライブであった。最初に、紅白歌合戦に出場した「佐賀県」を歌われ、次に今年のヒット映画「翔んで埼玉」の主題歌「埼玉県のうた」を歌われた。はなわさんは、埼玉県春日部市で生まれ、父親の転勤で佐賀県に移ったという経歴の持ち主で、歌の歌詞は、佐賀愛、埼玉愛にあふれた内容であった。最後に「ママには言わないで」「お義父さん」などの家族愛あふれる歌を熱唱され、夏苅先生の講演にも通じる感動的な内容の歌で受講者には非常に印象に残る研修会となったと思われる。

 講演終了後に閉講式が行われ、日本精神科医学会から受講者代表への受講証書授与に続き、日精協佐賀県支部へ感謝状が贈呈された。最後に日精協佐賀県支部副支部長・井上素仁先生が閉講の挨拶をされ、2日間の全日程を無事終了した。
 終わりに、本研修会の企画・運営に当たられた中川龍治佐賀県支部長並びに佐賀県支部の諸先生方及びスタッフの皆様方に御礼申し上げます。

(日本精神科医学会 学術教育推進制度学術研修分科会 棚橋 裕 平安 明)