EDUCATION 各種研修会

2012年度
日本精神科医学会学術教育研修会報告 PSW部門

2012年11月9日(金)~10日(土)
ホテルニューオータニ佐賀(佐賀市)

 平成24年度の日精協学術教育研修会PSW部門は、「地域に根付いた質 の高い退院支援」というテーマのもと、11月9日(金)、10日(土)の2日間、日精協佐賀県支部の担当で、ホテルニューオータニ佐賀(佐賀市)にて開催 され、全国各地より171名の参加を得て盛大に行われた。開講式では、日精協佐賀県支部長・松永啓介先生が開講挨拶をされ、引き続いて主催者を代表して日 精協・山崎學会長より挨拶をいただいた。

 研修会初日は、はじめに会長講演として、日精協佐賀県支部長・松永啓介先 生の座長で、日精協・山崎學会長が「精神科医療の将来の展望」と題して講演され、「精神保健福祉行政の歩み」「精神保健福祉の動向」「精神障害者の地域移 行」「認知症」「精神科医療の将来像」「日精協の描く精神医療の将来ビジョン」についての多岐にわたる内容を、豊富な資料や統計データを引用され詳細にお 話しされた。そのなかで、これからの精神科医療において、長期入院患者の受け皿不足の解消、認知症施策のあり方、医療保護入院制度の見直し、精神科標榜診 療所数の著しい増加に伴う病院勤務医減少への懸念や精神科医療改革における財源の確保などが課題であると説明された。

 ランチョンセミナーでは、「リワークプログラムにおけるPSWの役割と アウトカム」と題して、メディカルケア虎ノ門院長・五十嵐良雄先生が講演された(座長:嬉野温泉病院・中川龍治先生)。気分障害の軽症化と難治化の傾向が 進んでいること、復職時における職場・産業医・主治医・本人の求めるレベルに隔たりが存在することが多々あり、リワークプログラムによって復職がスムーズ に進められること、リワークプログラムでのPSWに求められる役割・課題について、実際のリワークプログラムの様子を収録した映像を交えて説明された。

 午後は、講演Ⅰに松籟病院院長・井上素仁先生の座長で、久留米大学病院臨 床研修管理センター副センター長・内野俊郎先生が、「リカバリーを志向した統合失調症の治療~発展する心理社会的治療プログラム~」と題して講演された。 久留米大学病院で実践される心理教育的介入を紹介しながらACTなどの支援プログラムをわかりやすく説明され、「統合失調症治療の2本柱は薬物療法とデイ ケア・SST・心理教育などの心理社会的療法である。精神疾患を患うと、自己感覚・役割や希望を喪失体験するが、患者さんがそれぞれの自己実現や生き方を 主体的に追求していくプロセスである『リカバリー』を通して喪失したものを再獲得していく。『リカバリー』の過程でとくに重要なことが、アドヒアランス概 念に基づく薬物療法と心理教育である」と述べられた。

 講演Ⅱは清友病院院長・橋本和人先生の座長で、佐賀大学医学部精神医学 講座准教授・門司晃先生が、「統合失調症患者への薬物療法」と題して講演された。統合失調症の基本概念、薬物療法の現状や薬理作用を説明されたうえで、 「統合失調症は急性期の治療介入が必要かつ有効で、薬物療法が中心的手法となる」「錐体外路症状出現などの抗精神病薬の欠点を補うために近年では非定型抗 精神病薬が開発され主流となっている」「多剤併用大量処方や種々の副作用出現など、現在の薬物治療にはいくつかの問題がある」「統合失調症の病態には脳内 の免疫系に関連するミクログリア活性化に伴う脳内炎症の関与が示唆されている研究から、抗炎症療法も有効である」などと述べられた。

 講演Ⅲは久留米大学文学部社会福祉学科教授・福山裕夫先生の座長で、「ど うすればできる? 地域移行・地域定着支援」と題して、九州産業大学国際文化部臨床心理学科教授・倉知延章先生にご講演いただいた。今後目指すべき大切な 視点として、「制度としての地域移行・定着を実施するのではなく、一人一人の患者の地域移行・定着をどのように支援すべきかを考え、実践すること」「その 実践を制度化するための取り組みを行うこと」を掲げ、実践対象は「長期入院患者の地域移行・地域定着」「新たな長期入院患者を作らないための早期支援」で あると述べた。新たな入院患者への早期支援においては、入院時から「生活」の視点で支援が必要かどうかをアセスメントし、支援が必要な人には「リカバ リー」の目標を立て、入院により自信や自尊感情を低下させない、または回復させる支援を行っていくことが必要と話された。具体的には、長所をみつけ、それ を伸ばしていくという「ストレングスモデル」を活用し、なおかつ「患者の主体性を奪わずに」「生活の場でのリハビリ効果」を上げていくこと、「活用しない 能力は退行していく」ことを理解して援助に当たっていくことがポイントであると話された。最後に、PSWは医療と生活をつなげることが重要な役割であり、 病院にとっても地域にとってもなくてはならない存在となることが期待されているとまとめられた。

 研修第1日目の最後は分科会形式で、内野先生、門司先生、倉知先生の3人の講師を囲んでの自由討論が行われた。それぞれの会場で、現状の課題や実務レベルでの悩みなどさまざまな問題がとり上げられ、フロアも交えて活発な討論が行われた。

 第1日目の研修終了後、同ホテルにて懇親会が行われた。佐賀八賢人を登場人物とした劇団「おもてなし隊」による寸劇を楽しんだあと、佐賀県支部の心からのおもてなしに舌鼓を打ちながら、名刺交換や懇談で大いに盛り上がった。

 第2日目の講演Ⅳは、西九州大学健康福祉学部社会福祉学科准教授・橋 本みきえ先生の座長で、「『地域移行』周辺におけるPSWの役割と実践」と題して、陽和病院社会医療部副部長の熊谷彰人先生にご講演いただいた。全国の在 院患者の状況から、地域移行を進めていくべき主たる年齢層は60代前後を中心とした患者層と考えられるとし、さまざまな立地条件にある民間精神科病院の状 況を考慮した、地域特性、自院の地域貢献方法、基礎自治体や都道府県等との現場に近いところでの「地域移行」のロードマップ作成が実り多いのではないか、 と話された。中高齢の長期在院患者の地域移行が進むと、当然病院のベッドは空いてくるため、新たな入院患者を受け入れる努力が現場には求められるが、1人 の長期在院患者を地域移行したならば、単純に考えて6人程度を受け入れていく必要に迫られる。そのためにはそれ以上の入院相談に対応する必要があるわけ で、病院自体の、質を伴った営業力の向上が求められるとし、「地域移行力」と「入院受け入れ機能の向上」のバランスが大事であるとまとめられた。

 研修会の最後のプログラムとして、医療法人正友会松岡病院副院長・松岡 稔昌先生の座長で、佐賀県支部会員病院からの事例発表および「地域に根付いた質の高い退院支援」のテーマでシンポジウムが行われた。まず、神野病院、虹と 海のホスピタル、嬉野温泉病院からの事例発表後、熊谷先生、橋本先生にもご登壇いただき、シンポジウムが進められた。各病院で「地域移行」に取り組むきっ かけや現場での難しかった点、現状の課題などについて意見交換がなされた。地域移行・退院支援と入院の受け入れとのバランスについては地域性や各医療機関 の特性もあり、非常に難しさを伴う問題であるが、退院促進と入院の受け入れ機能を向上することで病院のブラッシュアップを行い、質の底上げを図り、地域密 着型のニーズに応えていくことが必要で、そのことが病院の地域貢献にもつながるのではないかとの意見があった。また、退院支援、地域での受け入れに関する 現場での困難さ、他職種や行政との連携の重要性等フロアからも発言があり、活発な意見交換が行われた。

 すべての研修終了後、閉講式がとり行われ、受講証書授与および佐賀県支部に対する感謝状の授与が行われ、佐賀県支部副会長・中川龍治先生による閉講挨拶があり、すべての日程を無事終了した。

(日本精神科医学会 学術教育推進制度学術研修分科会/稲野 秀  平安 明)