EDUCATION 各種研修会

2012年度
日本精神科医学会学術教育研修会報告 看護部門

2012年11月15日(木)~16日(金)
ANAクラウンプラザホテル福岡(福岡県)

 平成24年度日精協学術教育研修会看護部門は、「~この時代に求められ る精神科看護~」というテーマのもと、11月15日(木)、16日(金)の2日間、日精協福岡県支部の担当で、ANAクラウンプラザホテル福岡にて開催さ れ、全国より343名の参加があり盛大に行われた。開講式では福岡県支部長・冨松愈先生と日精協・山崎學会長の挨拶ならびに来賓の祝辞があり、その後研修 会が開催された。

 まず講演Ⅰとして、日精協・山崎學会長が「精神科医療の将来の展望」と題 して講演された。患者さんが私宅で監護されていた時代から、精神病院が設立され、「精神病者監護法」「精神病院法」「精神衛生法」「精神保健法」「精神保 健及び精神障害者福祉に関する法律」へと改正された時代の流れと、精神病者の人数の動向とともに精神保健福祉行政の動向の歩みが説明された。精神保健福祉 の動向としては、精神疾患の入院・外来の疾病内訳や年齢分布、在院日数の年次推移等が説明され、また精神障害者の地域移行推進のための長期在院者への対応 や入院制度に関する議論についても説明された。精神科医療の将来については、地域移行の促進のため、機能分化と退院後の受け皿の整備が必要であることを述 べられた。

 講演Ⅱは、東京女子医科大学大学院看護学研究科博士後期課程・宮子あず さ先生により、「人生に必要なことはぜんぶ精神科看護で学んだ」と題して講演された。先生のこれまでの経験をふり返り、「できる」を追い求める時期から 「わかる」を味わう時代への変化を経て、「結果より過程」に価値観を見出すようになったことを話された。対象のありのままを理解しつつ、表現された言動の 意味を理解できるように、患者さんとの関わりのなかでどのように接していくのかが大事であると述べられた。また事例を通して、相手が満足を感じられるよう に、限られた時間のなかでどのように丁寧に接するかを示された。

 次のシンポジウムでは、不知火病院院長・徳永雄一郎先生が座長をされ、「この時代に求められる精神科看護」というテーマに基づいて、医師・看護師の立場からの発表が行われた。
  まずは、佐伯保養院副院長・山内勇人先生が「感染対策への取り組みがもたらすもの」という題で発表された。精神科の特徴をふまえた感染対策と地域という視 点を含めた取り組みを述べられた。病院職員が地域に向けて感染対策を提唱し、地域へ出ていき、地域に溶け込める病院を目指してきたことを話された。それが 地域の精神科に対する偏見をなくし、精神障害を持つ患者さんが地域住民の理解を得られることにつながることを述べられた。

 2番目は、不知火病院看護科長・原恭美先生の「ストレスケア病棟におけ る攻撃性の表出と支持的看護」という発表が行われた。日々の看護のなかで少なからず出会う対象者の「怒り」の表出の場面で、対象者の感情をどう理解し、対 処するのか? いかにチーム力を発揮するか? 管理者としてスタッフをどう支えるか? ということを話された。

 3番目は、雁の巣病院アルコールデイケア看護師・定松みち代先生が、「ア ルコール依存症との関わり」について発表された。地域社会への啓蒙活動の必要性、対象者と誠実に関わるうえでの看護者自身のメンタルヘルス向上のため、自 分の気持ちに余裕を持ち、人としての人格を磨き、人としての幅を培うことの大切さ、ONとOFFを上手に分けることで毎日の新しい問題に柔軟に対応できる 力が養えることを話された。
 三人方の発表後の討論では、フロアからさまざまな質問が出て、活発な議論がなされた。

 講演Ⅲは、「しなやかな看護」と題して、東京医科歯科大学大学院教授・ 宮本真巳先生にご講演いただいた。まず、「しなやかさ」の意味合いについて、と話し始められ、本講演では看護職の態度や行動のしなやかさについて考えてみ たいと述べられた。しなやかさの利点、限界へと話を進められ、しなやかな看護の特徴というものをまとめられ、柔軟性、反応性、流動性、可動性、円滑性とに 分けて説明された。次に、しなやかな看護とケアリングの概念について言及され、ケアリングの3つの構成要素とカウンセリングの3原則について話された。そ して、受け身の傾聴から積極的傾聴へ移らなければならないとアドバイスされた。さらに、自己一致に関して触れ、やさしさと援助者のタイプについて述べられ たあと、看護職に求められる資質としなやかさについて、信頼性、想像力、多様性への理解力、論理性、説得力、行動力が必要で、看護職の資質は、しなやかさ (柔軟性、流動性、円滑性、反応性、弾力性)とともに体得されるが、とはいえ、しなやかさを自己目的化してしまうと、方向性を見失う危険が伴うことも銘記 すべきだろうとまとめ、講演を終了された。なかなか高尚で難解なお話だったと感じた。

 その後、懇親会が同ホテルにて立食スタイルにてとり行われた。「博多にわか」という伝統芸なども披露され、和やかな夜を過ごされた方も多かったのではなかろうか。

 2日目は朝9時から、成仁病院顧問・春日武彦先生に、「援助目標とし ての『幸福』について考える」というテーマにてご講演いただいた。統合失調症、残遺状態のA氏というケースについて考えるという設定で話を進められた。人 は何をもって幸福と考えるか…そう簡単にはわからないこと、カタルシス、当たり前の日常の有り難さ(平和と平穏)、ささやかな喜びや発見(幸福の断片)、 他人にはうかがい知れぬ価値観…といった内容を述べられた。そして、治る・治らない以外の展開を考えてみてはどうだろうかと話され、それを、1)本人が症 状を気にしなくなる、2)周囲(とくに家族)が気にしなくなる、3)本人が病気に頼らなくなる、4)病人であるというアイデンティティーからの決別、5) 治療者の腹がすわる、の5つに分けられた。そして、最近話題の新型うつ病の治療経験にこれらを当てはめて話をされ、A氏の場合はどうなのだろうと話をまと められた。最後に、「よりよい可能性を実感したとき、『幸福』を感じる」のではなかろうかと締めくくられた。

 最後の講演は、現在売れっ子の国立精神・神経医療研究センター 精神保 健研究所/自殺予防総合対策センター副センター長・松本俊彦先生に、「アルコール・薬物関連問題と自殺予防」と題してご講演いただいた。予想通り、立て板 に水といった感じで、最初から最後まで盛りだくさんのことを流暢にお話しされた。なかでも、自殺既遂者の21%に自殺前1年以内にアルコール問題があった こと、その全例が中高年男性で有職者であったこと、半数以上に返済困難な借金があり、46%が離婚者であったこと、自営業者で不眠解消のための飲酒が多 かったこと、56.2%が気分障害を合併し、81.2%がアルコール乱用・依存状態だったと診断されたが、生前にアルコール問題への治療や指導はなされて いなかったことなど、医療従事者への警鐘を鳴らされた。

 閉講式では、日精協・山崎學会長より、受講者代表に受講証書が授与され、引き続き、福岡県支部長・冨松愈先生に感謝状が授与された。そして、大変有意義な研修であったと講評をいただき、研修会は幕を閉じた。
(日本精神科医学会 学術教育推進制度学術研修分科会/吉田 建世  熊谷 雅之)