日精協 災害医療委員会の発足について

 2011年3月の東日本大震災の教訓をもとに、DPATや災害拠点精神科病院の構想が生まれ、2016年4月の熊本地震はDPATの最初の本格的運用といってもよかったのではないかと思います。

 発災直後の患者搬送や精神科病院支援、避難所における精神保健活動や支援者支援、そして地域における心のケア活動へと繋ぐ一連の流れも、今後ますます充実していくのではないでしょうか。ただ、「一つとして同じ災害はない」と言われますが、熊本での経験が次の大規模災害時にも『支援モデル』として通用するかというとそうとばかりも言えず、災害時支援のあり方は様々な反省や教訓を糧に成長させていかなければならないと思います。

 身をもって体験したことですが、目の前で起こることに対しマニュアルはあまり役に立ちません。お手本通り進まないのが大規模災害なのです。マニュアルは平時の備え、チェックシートと考えておいたほうが良さそうです。肝心なのは次々に起こる想定外の事態に対し、臨機応変、柔軟に対応できる判断力と組織力であると思います。刻々と変わる状況や輻湊する情報の中で、適切な情報分析と指示命令系が機能しなければ、いかに優秀な支援部隊があっても、また豊富な支援物資があっても有効に活用されるとは限りません。

 日精協が目指している『災害時支援中心病院』機能とは、まさに被災経験や支援体験から生まれたもので、「必要なところに適切な支援を」という『共助』の精神に基づくものです。当然災害拠点機能に必要な動員、資材、情報の集積が不可欠ですし、支援を統括する能力も求められます。DPATなどの災害支援メンバーの一員としての活動も期待されますが、むしろ『公助』の手の及ばないところへの支援として位置付けると理解しやすいと思われます。

 「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉がありますが、経験から悟ることができれば聖人の域に達することができるという人もいます。災害を経験し多くを学んだ私たちは、現実に目の前で起きたことから、次に起こりうることの予測が可能になっているはずで、それを備えに結びつけることができれば、精神科特有の災害時支援に役立つのではないかと考えています。

(災害医療委員長 犬飼邦明)

 

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