協会誌巻頭言 会長 鮫島健
2010年度予算の概算要求基準(シーリング)をめぐって
2009/07
政府与党は平成21年6月29日,2010年度予算の大枠となる概算要求基準(シーリング)について,一般的歳出の上限を52兆7,000億円程度とする方針を固めました。シーリングをめぐっては,歳出削減路線を主張する財務省とその棚上げを求める与党内の圧力との激しい攻防の結果,政府が社会保障費を年2,200億円抑制する方針を撤回し,高齢化などに伴う費用の自然増をそのまま認めるかわり,公共事業費などの削減路線は堅持する形で決着しました。2009年度当初予算に比べて約1兆円増え,過去最大規模となりました。社会保障費は約1兆1,000億円増えて26兆円に膨らみますが,一方,公共事業費は3%削減,防衛関係費や国立大学運営交付金などはそれぞれ1%削減する方針は継続することとしました。このほか,麻生首相が最優先課題と位置づける経済危機対応や社会保障充実などのための「重点化枠」は3,500億円程度,一般の景気悪化に備えた予備費としては6,500億円程度を確保するとしました。
政府与党は6月30日,首相官邸で政策懇談会を開き,2010年予算の概算要求基準(シーリング)案に関して合意しました。次いで,翌7月1日に,政府は臨時閣議を開き,2010年予算の概算要求基準(シーリング)を閣議了解としました。これによって,年金や医療費の自然増1兆900億円は全額認められ,社会保障費は過去最大の25兆1,000億円となり,一般歳出の約半分を占めることになりました。
厚生労働省大臣官房会計課によると,社会保障費の自然増分の内訳は,医療が3,000億円台半ば,年金が3,000億円強,介護が1,000億円強,そのほかが2,000億円とのことです。自然増分についても「可能な範囲での効率化」を課せられていますが,効率化によって発生した財源は診療報酬改定など社会保障の充実にあてるとしています。また,経済緊急対策の「特別枠」3,500億円のうち厚生労働省分として最大2,000億円の要求が可能で,医師不足対策などに充当することができるとしています。重点枠は安心社会実現や経済危機克服,成長力強化など「骨太の方針2009」で示された重点課題のなかから政策効果の高い施策に配分するための枠で,年末の状況を考慮しながら最終決定されます。麻生首相は経済財政諮問会議のなかで,「歳出改革の継続と社会保障の必要な修復をする」とし,「安心と活力の両立を目指す」と述べました。
以上の経過からみて,政府与党は大きな政策転換をしたと考えてよいのでしょうか。たしかに,この数年にわたって社会保障費の抑制を続けてきた政策は,2010年度予算編成において撤回されました。この点は評価できますが,一方,「骨太の方針2009」においては,「歳出改革を継続する」としており,基本的なベースとしては歳出削減の方向性が堅持されていますので,その影響は否定できません。少なくとも,徹底した節約とか予算の効率的な配分とか,「可能な範囲での効率化」によって生じた財源を診療報酬へまわすという財政中立のスタンスは厳然として続いています。現状のままでは,予算編成の内容や診療報酬改定のあり方に根本的な変化は期待できないのではないかと危惧します。
ここで,先述の予算の概算要求基準(シーリング)の基本となった「経済財政改革の基本方針2009(骨太の方針2009)」とそこに至る経過を簡単に振り返ってみたいと思います。
かねてから,麻生首相の肝入りで政府に設置されていた「安心社会実現会議」は,6月15日に最終報告をまとめて麻生首相に答申しました。最終報告書のキーワードは「安心と活力の両立」ですが,これは小泉改革の市場原理主義的な政策により,社会保障分野でほころびや混乱が生じたことをふまえて,これをバランスよく軌道修正していくことを目指しているのでしよう。また,「安心保障」として雇用,子育て,教育,医療,老後の5つの分野で国民の安心を追求し,国民皆保険,皆年金発足より50年となる2011年度を節目として,それまでの緊急施策10項目を提言しています。麻生首相は政府会議のなかで,この報告書の内容をもとにして,「骨太の方針2009」や自民党の次期衆院選挙マニフェストに反映させたい考えを表明しました。
続いて,6月23日,経済財政諮問会議は「経済財政改革の基本方針2009(骨太の方針2009)」を取りまとめ,政府は同日の閣議でこれを決定しました。取りまとめにあたっては,自民党の部会や総務会では「2,200億円の抑制」の取り扱いをめぐって紛糾しました。方針の素案は「『骨太の方針2006』等をふまえ,歳出改革を継続しつつ,現下の経済社会状況への必要な対応等を行う」というものでした。与謝野財務相は「文言を形式的に残したが,実質的には社会保障費の抑制は撤回する」と明言しました。最終的には,6月22日に修正案が示されて了承されました。それは「『骨太の方針2006』等をふまえ,無駄の排除など歳出改革を継続しつつ,安心安全を確保するために社会保障の必要な修復をするなど,安心と活力の両立を目指して,現下の経済社会状況への必要な対応等を行う」というものでした。与謝野財務相は,社会保障費の自然増はそのまま認める,無理のない範囲の節約に努める,節約した分は社会保障分野にあてると説明していますが,同時に,予算の特別枠や経済危機対策の予備費などの圧縮によって生じた財源は,社会保障費のために確保できることも示唆しています。
社会保障費の自然増から2,200億円を抑制する政策は撤回させることに成功しましたが,これだけでは診療報酬プラス改定の財源は確保されていません。現在の荒廃した医療現場は,大幅なプラス改定なしには修復不可能です。医療再生のためには,さらに一歩進めて,医療費財源確保のための闘いが必要です。